誘蛾灯

オンナ嫌い。年季はそれほど入っていないけれど、凄まじく。 　世の中にはオンナがいなくて淋しく過ごしているオトコも多くいるというのに、 「おーい、トシー、オンナのコがお前に会いに来てるぞ、玄関」 「……追い返しておいてくれ」 　俊之は常にこの調子。 　同じ受精卵から生じた貫之は愛想の欠片も無い弟を見て苦く笑う。 「会ってやろうよ、可愛いコだぞ？」 「……　」 　俊之は新しく仕入れたらしいCDのライナーノーツに視線を落としたまま。 　全身から、もう話し掛けるな、という殺気にも似た空気を漂わせて。 　貫之は溜息をついて俊之の部屋から出た。 　さて、どうしたものか。このまま放っておくか、とりあえず引き合わせるか。 　階段を降りると玄関が見える。 　玄関には可愛いオンナのコ。貫之や俊之と同じ高校の制服を着て。 　そう、たまに学校の廊下で見かける顔。 　それも俊之と一緒にいる時によく見かける。 「あ、あの、と、とし、俊之君は……　」 　震える声。 　重ねて胸に合わせた手も。 　頬は綺麗な桜色。 　　　可愛いねぇ…… 　俊之がオンナ嫌いになった事情を貫之は全て知っている。 　可愛い双子の弟から多くのモノを奪った或るオンナ。 　そのオンナを思い起こさせる全てのモノから弟を守りたいと思う。 　けれど、それと同時に湧き上がるって来るのは── 　貫之は笑顔を満面に作った。 　それは、誰でも信用させることができる優れモノ。 「ええっとね、ちょっと表で待っといてくれる？　すぐ呼ぶから」 「あ、は、はい……　」 　不安そうな顔が愛しくなるくらい可愛いオンナのコ。 　でも、貫之は愛するカノジョと俊之以外には愛想良くてもクール。 　だから心の中で軽く、ごめんね、と表へ出ていくオンナのコに謝る。 　そして、貫之はリビングから俊之の部屋へのホットラインを繋いだ。 「……トシー、今来たオンナのコさ、インバルのブルックナー交響曲集持って来てるぞ」 　光には抗えない蛾。 　多分、どこかで罠の匂いを感じ取っていたとしても。 　酔ったように惹かれて吸い寄せられて、その身を滅ぼす。 　間もなく階段を転がり落ちるような勢いで俊之が２階から降りてきた。 　玄関に誰もいないのを降りている途中に確認したのか、そのままリビングに雪崩れ込んでくる。 「インバルはっ!?」 「表、」 　クラシック音楽は光、俊之は蛾。そして、罠はオンナのコ。 　さて、トシのヤツ、どんな顔して怒鳴り込んでくるだろな？ 　誘蛾灯の仕掛け人は、小さく笑った。

top　　/　　時間軸

誘蛾灯、ちょっと弱いですね…… 長さ短くしてみたのですが、やっぱり弱いや。 つーか、貫之性格悪。加えて俊之単純過ぎ。 どうでもいい話ですが、岡野は誘蛾灯大嫌いです。 コレが付けられていると露とも知らずどっかの駐車場のライトの下にいたら、大きな水色の蛾が目の前に落ちてきたという体験の所為。 ピチピチと力なくアスファルトの上でもがく様が今でも鮮明に思い出せます。 ていうか忘れろよ岡野。